古楽とは

●古楽とは?
 人によって定義が違うかもしれませんが、真理庵庵主は、
(1) 18世紀を含めてそれ以前に作曲された作品
(2) 当時の楽器や奏法を復元するなど何らかの形で曲が作られた当時の雰囲気を再現しようとする試み
であると定義しています。
 まず(1)、時代の話です。昔は「バロック音楽」という言い方もよく行なわれていましたが、これですとバロック(17-18世紀)よりも前の中世音楽、ルネサンス音楽が抜けてしまいます。「中世・ルネサンス・バロック音楽」という長たらしい言い方を簡潔に「古楽」とまとめて言うのがいつしか一般的になりました。
 古楽をかける長寿番組、NHK-FM 6:00-6:55「古楽の楽しみ」は、実は2011年3月まで「バロックの森」(←「あさのバロック」←「バロック音楽の楽しみ」)のように「バロック音楽」と言っていたのを現在のように改めた、というのも象徴的です。
 どうしてこの時代の音楽が通常のクラシック音楽と別扱いになるのかは、長くなるので、このページの下のほうで改めて書くことにします。
 次に(2)、最近では古楽の演奏者は当時の古い様式の楽器を復元して演奏するのが当たり前になりました。こういう楽器を古楽器とかピリオド楽器とか言ったりします。しかし、単にピリオド楽器を使っていれば古楽か、逆にモダン楽器(現代の普通の楽器)を使ってしまうと古楽にならないか。そう考える人も多いようですが、庵主はそうは思いません。いくらピリオド楽器を使っていても、曲やその時代背景にまるきり無頓着で現代人の感性のみで演奏するのであれば(実際そういう演奏者はいます)、それは古楽ではないし、逆にバッハをチェンバロでなくピアノで弾いたって弾きようによっては立派な古楽になります。
 以前、『美味しんぼ』で「大事なのはフランス料理の材料じゃない、その精神です」(→参考)という言葉がありました。古楽もまったく同じです。大事なのはピリオド楽器を使うということじゃなく、古楽の精神なのです。真理庵があえてチェンバロでなくピアノを置いてるのもその一環です。

●真理庵でかける音楽は
 上記のように原則として18世紀を含めてそれ以前に作曲された音楽で、喫茶店のBGMにふさわしく、うるさい要素のないものを選びます。
 たまに気分転換で近代の音楽をかける場合も、メンデルスゾーン、ショパン、セヴラック、フィビヒ、メリカントなど、いろいろな意味で古楽的雰囲気に通じる作曲家の作品、もしくは、ピリオド楽器(当時の楽器またはそのコピー)を用いて当時の奏法で演奏したものなどをかけます。
 真理庵を会場としたサロンコンサートでは、もっと広く曲目を選ぶことがあります。

●著作権存続曲は一切かけません
 真理庵では著作権存続曲(作曲者・作詞者の死後50年を経過していないもの)を一切かけません。ピアノなどで生演奏する場合も、そのような曲を避けていただくよう演奏者にお願いしております(貸しスペース形式のライブを除く)。
 クラシックでは著作権保護期間を満了している曲が多いのですが、たまに著作権が残っている曲がありますので、ピアノを弾きたいというお客様はご注意ください。
 ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、メシアン、ジョン・ケージ、伊福部昭、武満徹、吉松隆各氏の作品は著作権が存続しています。
 真理庵では営業日報をつけており、毎日何時に何をかけたか、演奏したかを記録しております。
 また真理庵の音楽のソースは、市販CD、もしくはそれを保管の都合上真理庵庵主自身がMP3に変換したもののみを用います。

●クラシックと古楽はどう違う?
 古楽の情報については、ネットの古楽仲間が作った、古楽ひみつ基地というサイトが充実した内容になりそうなのでリンクしておきます。ここでは真理庵庵主の考えを書いていきます。

 現在のクラシック音楽のあり方を確立したのはメンデルスゾーン(1809-1847)です。私たちがクラシックと思っているベートホーフェン(ベートーヴェン)もモーツァルトも、彼等当時の感覚では今のポップスと同じで、曲は原則として新作、1回こっきり使い捨て、もしくはいろんな都合(楽器がそろわない、歌手の声域が違うなど)にあわせてどんどん改作していくものでした。それがメンデルスゾーンになって、すでに作られた名曲を、作曲家が楽譜に書き残した通りに、さまざまな演奏者が何度でも演奏する「クラシック音楽」のスタイルが確立されたのです。
 そしてメンデルスゾーンの時代には、J.S.バッハ(1685-1750)やハンドル(ヘンデル。1685-1759)の作品はかろうじて覚えられていたので、クラシックのレパートリーの古い限界はこのあたりまで。それ以前の音楽は未知の領域でした。
 この「未知の領域の音楽」は、時代によってバロック音楽、ルネサンス音楽、中世音楽など分類されていますが、いずれにせよ一部の音楽学者によって研究されるのみで、一般にはなじみのない分野でした。しかし、20世紀、特にその後半は、音楽学がどんどん成果をあげて、古い音楽がどんどん再発見され、演奏もされるようになると、このような古い音楽のおもしろさが一般に知られるようになりました。特に20世紀後半には、それまでの19世紀的な感情たっぷりの演奏が嫌われるようになり、即物的機械的な演奏が現代人の感性に合うものとして歓迎されるようになりましたが、古い音楽やその当時の演奏法は、このような現代人の感性と相性がよかったので、古楽がどんどん聴かれるようになったのです。

●まるっと西洋音楽史を理解する
 古い音楽を聴く上では、まずはおおざっぱに、時代をつかんでおくのが便利です。庵主は長らく皆川達夫『バロック音楽』にある「音楽史150年変化説」でまるっと理解していましたが、それをアレンジして「100年変化説」で過去にさかのぼってみましょう。
18世紀(ロココ音楽。一般には後期バロック/前古典派/古典派)
 一般には前半のバッハ、ヘンデルを中心とする後期バロックと、ハイドン、モーツァルトを中心とする後半の古典派、および移行段階の「前古典派」という3つに分けていますが、庵主はこの三者はけっこう共通するものがあると思うのでロココ音楽という言い方にまとめてしまっております。
 クラシック音楽の基本である調性とリズムがしっかりと確立、その一方で19世紀のように作曲家が自己主張をあまりせず、原則として耳に心地よく作られており、古楽入門として一番聴きやすい分野です。
 その一方で宗教音楽は、前世紀から世俗曲の語法で書かれるようになりましたが、さらに世俗化して、やたら長々と大がかりなものになったり、オペラの激しい感情をこめるようになったり、コンサートで聴くにはよくても典礼には使いにくいものが多くなりました。
●よく出てくる作曲家
[イギリス]ハンドル(ヘンデル)、ジェミニアーニ、J.C.バッハ、晩年のハイドン
[フランス]F.クープラン、マラン・マレ、ルクレール、ラモー
[イタリア]A.スカルラッティ、コレッリ、タルティーニ、ヴィヴァルディ、ボッケリーニ
[ドイツ圏]J.S.バッハ、テレマン、ゼレンカ、C.P.E.バッハ、ハイドン、モーツァルト、グルック
[イベリア半島]D.スカルラッティ
17世紀(バロック音楽。一般には前期バロック)
 バロックというのは本来「ゆがんだ真珠」つまりアウトレットというわけで、この時代の美術がなんかヘンなのでそうさげすんで呼ばれたのがその始まり、それを音楽に転用した言い方が「バロック音楽」です。
 この時代の音楽は、古典ギリシャ時代に盛んだった音楽劇を復興しようとはじまったオペラにけん引されて、劇的な要素が急速に音楽の中に入り込むようになりました。文芸復興という意味でのルネサンスは、音楽ではむしろこの時代なのです。
 そういう劇的な要素を表現するために声楽も楽器の奏法が非常に複雑化したのですが、それをうまく盛る器としての作曲技法が未熟で、静かな雰囲気なのに突然思いついたようにぐちゃぐちゃむにゅむにゅきこきこと複雑な奏法が入ったりと、なんか泥臭い感じがあります。調性感も後の時代にくらべてなんか希薄です。
 正直いって庵主はこの時代があまり好きではありませんので、ただいま積極的に聴いて「不得意科目の征服」に心がけています。最近ではこの時代に強い演奏者の演奏が増えたのがうれしいところです。
 この時代になって宗教曲と世俗曲の音楽語法が統一されました。というより、宗教曲が世俗曲の形で書かれるようになりました。
●よく出てくる作曲家
[イギリス]パーセル
[フランス]リュリ、シャルパンティエ
[イタリア]モンテヴェルディ、フレスコバルディ
[ドイツ圏]シュッツ
15-16世紀(ルネサンス音楽)
 この時代経済的に栄えたイギリスと、フランドル地方(フランス北東部~ベルギー・オランダ)が音楽の二大中心地でした。
 宗教音楽は前代に引き続き、世俗曲などからとられた定旋律に対位法を駆使してさまざまなメロディーを重ね合わせる形で書かれましたが、全体としては静かで落ち着いた感じに聞こえます。悪くいえば、何を聴いても同じに聞こえます。
 一方、世俗曲は歌曲も舞曲も素朴で親しみやすいものが多く、宗教曲は面白くないがこれは面白いと、古楽ファンの中にはこれ専門の人も多いほどです。
[イギリス]ダンスタブル、ダウランド、タリス、バード
[フランドル]デュファイ、オケヘム(オケゲム)、ジョスカン・デ・プレ、ラッスス
[イタリア]パレストリーナ
[スペイン]ビクトリア
13-14世紀(中世)
 音楽の中心はフランス、特にパリのノートルダム大聖堂でした。ここで演奏されたオルガヌムという宗教曲は、グレゴリオ聖歌などの定旋律を引き延ばしてその上に別の旋律をからめる形で作られました。当時は3度(ドとミの関係など)が不協和音と考えられたので、4度や5度の和音が多く、なんかすかすかな感じに聞こえます。また、三位一体を象徴する三連符のリズムが多く、ぴょんこぴょんこした感じです。残響の大きい教会ではこういうのが効果的だったのでしょう。
 14世紀の音楽はアルス・ノヴァと呼ばれます。「新しい芸術」と訳されますがむしろ「新しい技術」。音の長さを音符で正確に表現する技術が開発されたので、複雑なリズムでも表現できるようになりました。そこでこの時代の曲は、今聴いてもびっくりするほど斬新で複雑なリズム、シンコペーションばんばんです。
●よく出てくる作曲家
レオナン、ペロタン、マショー
グレゴリオ聖歌
 西欧音楽の源流の一つです。カトリック教会の聖歌として長く使われました。現在のカトリック教会の典礼ではほんのごく一部でしか用いられていませんが、東京・東久留米市の聖グレゴリオの家 宗教音楽研究所などでは、現在でも典礼に使われています。ここはCDもいくつか出しており、真理庵でもときどきかけることでしょう。
 伝説的には教皇グレゴリオ1世(在位590-604)が制定したことになっていますが、実際にはその多くが9-10世紀に作られ、その後もこの形で作曲され続けました。グレゴリオ聖歌だから古いかと思ったら実は19世紀の作だったなどというものもあります。
 ハーモニーのない単旋律の聖歌、みんなが同じ旋律を歌います。ネウマ譜という古めかしい楽譜で記され、現在でも五線譜に直されることなくこのままで歌われます。
 一音一音がほぼ同じ長さなので、歌のような語りのような、どこかなつかしい独特の響きを持っています。もっとも最近では、実はリズムをつけて歌われたのだという説もあり、そのような形で歌われたCDもあります。