ピアノ

●よいピアニストとの出会い
 もともと真理庵にはピアノだろうが何だろうが楽器なんて置こうとは思っておりませんでした。せいぜい考えていたことは、「まあ、お祈りのとき用に中古の電子ピアノでも置いとけばいいか、それならオルガンやチェンバロの音も出るし、PCにつなげばMIDI音源になる……」くらい。
 そんな庵主がピアノを買おうと思ったのは、ピアニスト筒井一貴さんとの出会いでした。
 私は一度筒井さんの演奏を聴いただけでとりこになってしまい、しばらく追っかけをするまでになったのですが、その魅力を一言でいえば、「鍵盤の錬金術師」というところでしょうか。
 モダンピアノもお弾きになりますが、クラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノといった、昔の鍵盤楽器を得意としておられ、独自の研究と、実験精神にあふれた演奏をしておられます。
 「チェンバロやピアノは、一度音を出してしまったら、どんなにがんばってもその音を変えることはできない。じゃどうするか。次の音を重ね合わせて調整するか、最初のタッチを工夫するか。タッチのいかんによってほら、こんなに音が変わる……」ということを演奏会でよく言っておられ、実際に弾いてくださった音を聴いて、「鍵盤楽器なんてネコが上を歩いただけで簡単に音が出る」と思っていた私は、衝撃を受けたのでした。
 もともと理系の方なので、理系脳というか、しっかりした理論をお持ちで、それを人に説明することもでき、そしてそれを演奏に反映させることのできる方なのです。
 その錬金術師ぶりが一番よくわかるのが、「ダンパーきかせっぱなし」の術。初めてお目にかかった2014年9月ごろからは、一度ダンパーをきかせると演奏中は解除できない構造の初期型ピアノの演奏実験に凝っておられます。その様子をご覧ください。念のためですが、演奏者は筒井さんですが、このピアノは真理庵のピアノじゃありません
Haydn - Sonata Hob.XVI/20 2mov.(LIVE) played on a copy of Louis Dulcken piano(damper completely off)

(http://www.youtube.com/watch?v=3ygf-a1WQKM)
 ふつうこんなことをすると、音は濁りまくってしまいます。それがどうでしょう。こんなに美しい響きになるなんて。庵主は残響で濁った音が大嫌いなのですが、これだけ残響をコントロールできるとは。錬金術師と私が呼ぶゆえんです。

●よいピアノとの出会い
 筒井さんのコンサートに通ううち、東京・白金台、明治学院大学の隣にあるピアノプレップという、チェコのペトロフ社のピアノの代理店でのサロンコンサートで、私は1台のアップライトピアノとめぐりあいました。
 もちろんモダンピアノには違いないのですが、フォルテピアノ(初期型ピアノ)を思わせるような古風で素朴な響き。筒井さんが弾くとまた格別なのです。ではその音色をお聴きください。このピアノこそ、真理庵に鎮座ましましているピアノなのです
Mozart - Sonata K.309(284b) 3mov. played on a PETROF upright piano (P118D1)

(http://www.youtube.com/watch?v=Ttv1mUmd6i4)
 演奏が終わったあと筒井さんが、「このピアノもすっかり僕のクセがついちゃったなぁ。まだ買い手がついてないのか。でもいつかこれが人に買われてしまうと思うと残念だ」とおっしゃる。
 そう、ピアノプレップでは店主の山内さんが毎日毎日ピアノをお手入れなさっておられるばかりか、こうやってサロンコンサートを開いてピアニストに弾いてもらっているのです。
 「それじゃここのピアノはみんな中古なの?」「新品なのにクセがつくまで人に弾かせるなんて」とお思いですか? これがいいんですよ。楽器は生き物です。弾けば弾くほど育つのです。工場から直送のピアノよりもはるかに熟成された状態になるのです。
 筒井さんの残念がりを見ていると、ふと庵主に、神の啓示が降りたのです。
 「このピアノを買うのはお前だ。お前がこのピアノを買って店に置いて、ここでやっているように時々サロンコンサートを開いて、筒井さんも呼ぶのだ。そういう特色を持った店にしなさい」
 そこで私はすぐにこのピアノを買う決意を固め、ピアノが入る物件を探しました。しかし、ただでさえ喫茶店に向く物件はなかなかないのに、ピアノが入るところなんてそうそうありません。飲食店が入るような物件は入口が狭くて搬入が大変ですし、上が住居になっていたりで「音出しはダメ、BGMならいいけど、ライブをやるなんてダメダメ」ってところが多いのです。

●よい声楽家との出会い
 物件探しで途方にくれていた庵主は、某所でソプラノの樋口麻理子さんに出会いました。そこは真理庵程度の狭い部屋での室内コンサート、私は至近距離で樋口麻理子さんの歌声を聞いたのです。
お名前の漢字にご注意。樋口さんは「麻理子」さん、上からマリコは篠田「麻里子」さん、そして私は植田「真理子」です。
 もともと私は高音楽器や高い声が少々苦手、裏返った音(声)が磨りガラスをひっかくように私を攻撃するからです。また、クラシックは好きだけど声楽は苦手という人はけっこういます。私もそうです。ベルカント唱法が日本人の好みには合わないのでしょう。
 しかし樋口さんの歌声は、至近距離にいた私を実に心地よく癒やしてくれました。ミュージカルなどポップスもやってらっしゃるせいかもしれません。Youtubeにあがっている音源をお聴きください。
CuoreのChristmas 〜優しい歌とスノーマンのお話〜

(http://www.youtube.com/watch?v=0uncwKLPHGg)

 さて、その樋口さんが、帰りの電車の中で、物件探しに疲れた私に声をかけてくれました。
 「都内でばかり探してないで、自宅のご近所で探してみては? 田園都市線沿線は多くの演奏家が住んでいて、こういうスポットを求めているわよ」
 都内にばかり気を奪われていた私は半信半疑で地元の不動産屋に入ってみたところ、ぽんと飛び出してきたのが今の真理庵の物件。あらゆる条件が理想的で、まるで神様が用意してくださったかのよう。入口が狭くて心配だったけど、ピアノ運送業者の吉田さんに調べてもらったところ「十分大丈夫。ペトロフのP118D1はスリムだから」。こうして真理庵はすんなりこの地で開業することができたのです。
 声楽だけでなくピアノやさまざまな楽器を幅広くやってらっしゃるようで、そのうち真理庵でもぜひコンサートをしていただけるとうれしいなと思います。
 こうして、いろいろな人との出会いがあって、真理庵は生まれたのです。